トウカイコモウセンとは何者か?
こんにちは くりたです
トウカイコモウセンとは何者か?
この問いについて考えていたら、あまりの難解さゆえに深みにハマってしまい、意識は散漫になり、食事も喉を通らず、大学に通うどころでもなく、ブログの更新も1年近く空いてしまいました。本当です。
しかしこの難解さは先日トウカイの先行研究をググることで幾らか解消されたので、今回は上の問いに答えるべく今わかってることを忘備録として書いていきたいと思います(記) 結論から言うと、トウカイコモウセンゴケは単一起源ではなく、複数回の交雑によって独立に生まれたとする説が有力だそうです。雑草扱いされることも多い本種ですが、面白い側面もあるようです
今回参考にしたのは、中野真理子さん(現石川県立自然資料館)や早川宗志さん(現ふじのくに地球環境史ミュージアム)らによるトウカイモウセンゴケの生態や遺伝的特徴を親種と比較した一連の研究です。野外観察や栽培実験、遺伝解析で得られたヒントをもとに、トウカイコモウセンゴケの起源や、親種と共存するための条件などについて考察しています。
まずはトウカイコモウセンゴケの起源について
この種はD. tokaiensis subsp. tokaiensisという学名がついており、コモウセンゴケとモウセンゴケの雑種起源の種であることが知られています。
普通にこの2種が交雑すると、生殖能力のない個体が生まれるのですが、まれにその個体が倍数化(遺伝子のセットが倍になること)を起こし、トウカイコモウセンゴケが生まれるというわけですね。ちなみに生殖能力のない個体はヒュウガモウセンゴケと呼ばれていてレアらしいです。
(倍数化について、遺伝子の量が倍になると色々やばそうですが、植物では普通に起こるみたいです。今回の例のように倍数化によって雑種が生殖能力を得ることは頻繁にあるみたいで、例えば食用の小麦は何種類かの親種が交雑、倍数化してできた品種です)
またトウカイコモウセンの種子親は必ずコモウセンであることが知られているようですが、なぜそうなるんでしょうかね?理由はよくわかっていないみたいです(引用1)
トウカイがコモウセンとモウセンゴケの雑種起源であることは分かったので、次に親の2種とトウカイの特徴を比較していきます。ざっくり言うとコモウセンはやや暖かいところに生えて、モウセンゴケはやや寒いところにも生えるので、それによって分布や生態に違いが出てきます。そしてトウカイは両種の中間的~コモウセン寄りの特徴になることが多いです。
分布について
コモウセンゴケ(D. spathulata)は静岡以西に広く分布し、関東、東北の太平洋側にも分布しているのが分かります。あとこの図にはないけど沖縄にもいます
南方系の由来なので、冬芽を作らなかったり、開花時期などにも特徴があります(この話はまた後で出てきます)。
少し湿った程度の斜面や平地に生えていることが多く、モウセンゴケよりもやや乾いた場所に好んで生えるイメージです
それに対し、図で本州全体を囲むように分布しているのがモウセンゴケ(D. rotundifolia)です。青森や北海道など、寒さの厳しい場所にも生えているのが分かります。北方系の種なので、南方系のコモウセンとは違った生存戦略をとっています。
コモウセンに比べるとジメジメした場所が好きなイメージで、草の根元や林床など、やや暗い場所にも生えてるのを見ます。
トウカイの分布ですが、2種の分布が重なるエリアに点在していることがわかります。
連続的というよりはバラバラに散らばって分布している感じですかね、、分布する場所にはかたまって生えているのだと思います。興味深いことに、富山県では2種の分布が重ならないのにトウカイが生えているようです。何処かから種が飛んできたんでしょうか
このバラバラな分布パターンについては、後でまた取り上げます
種子の休眠期間について
上のグラフは種子を撒いてからの日数と、発芽率との関係です。コモウセンは撒いてからすぐ発芽し、モウセンゴケは5ヶ月ほど休眠期間があるのが分かります。暖かいところに生えるコモウセンは種子の休眠の必要がないのですぐ発芽しますが、モウセンゴケの自生地では厳しい冬があるため、春が来てから発芽する仕組みになっているということですね。またモウセンゴケはコモウセンに比べて種子サイズが大きく、一度に作る種子の数も少ないことがわかっています。少数精鋭ですね
ではトウカイではどうかというと、
興味深いことに、種子の休眠期間は地域によってバラバラということがわかります。北上すると休眠期間も長くなる傾向があるようですが、同じ愛知県に位置する2地域(武豊と富貴)で休眠期間が異なるのは不思議です
開花時期について
次に3種の開花時期についてです
上の図は各月の開花率を示したグラフです。コモウセンは種子がすぐ発芽するため夏前に開花のピークを迎え、それ以降も冬が来るまで咲き続けることがわかります。一応ピークはあるけど条件が良ければいつでも咲いてるんですね。
対してモウセンゴケは夏の一番条件が良い時にまとめて咲いて、それ以降は開花しないことがわかります。寒冷な地域では繁殖に適した時期が短いため、だらだらと開花するより集中的に開花した方がお得なんでしょうか?寒いと虫も居なさそうですし
2種の間で開花時期や休眠期間が異なり、違った繁殖戦略をとっているのは面白いですね
そしてトウカイですが、コモウセンと同じく夏が終わった後も断続的に咲いてることがわかります。開花のピークはコモウセンと重なっているので、この2種が同じ場所に生えていた場合簡単に交雑が起こりそうです。
開花ピークが重なっていることは、葉の形がすごく似てることと合わせて、トウカイの種子親がコモウセンであることと関係しているんでしょうか?謎です
共存の条件
コモウセンとモウセンゴケでは開花時期や好む水分環境が異なるため、分布が重なる場所でも滅多に交雑は起こらないと考えられます。でもごくまれに両種の交雑、倍数化が起こりトウカイコモウセンゴケが誕生することがあります。それでは、この種はどうやって親種と共存しているのでしょうか?
トウカイが親種と共存できている仕組みとしては、開花時期のズレと自家和合性が有力候補のようです。例えばモウセンゴケとトウカイは開花時期が違うのでお互い干渉せずに繁殖できます。またトウカイは親種と同様に自家和合性を持っているので、周りに仲間がいなくても単独で数を殖やすことができます。この能力によって、倍数化で生まれたトウカイ1個体からどんどん勢力を拡大していったと思われます。
前述したようにコモウセンとトウカイの開花ピークは一致しているので、もしこの2種が同じ場所に生えていたら、お互いに繁殖の邪魔をしあってしまい、良いことはあまりなさそうです。今回紹介した論文の著者である中村さんの観察によると、トウカイとコモウセンが共存するパターンよりも、トウカイとモウセンゴケが共存するパターンの方が圧倒的に多かったらしい(引用2)のですが、みなさんの観察ではどうでしょうか?僕は去年コモウセンとモウセンゴケが共存している地域に行きましたが、トウカイの見分け方がよくわからず、結局トウカイがいたのかはわかりませんでした()
トウカイコモウセンゴケは単一起源か?
ここまでトウカイコモウセンの分布や生態について色々と紹介し、倍数化によって生まれた1個体が自家受粉によって数を殖やしてきたと書きましたが、本当にそうでしょうか?
種子の休眠期間のグラフを見て分かる通り、トウカイの種子休眠期間は地域によってバラバラであり、その分布も連続的ではなく飛び飛びになっていることがわかります。
以上のことから、トウカイは1度の交雑で生まれたのではなく、複数回の交雑によって各地域ごとに独立に生まれたとする説が有力となっています(引用1)。実際高知県のトウカイと静岡県のトウカイは別個体のコモウセンを種子親に持つことが遺伝型の解析からわかっており、トウカイは少なくとも2回独立に起源していると考えられています。他の地域でも独立してトウカイが生まれている可能性は大いにあるので、気になりますね
栽培家の間では雑草扱いされることも多いトウカイコモウセンゴケですが、調べてみると実は地域ごとに固有のバックグラウンドを持っている可能性が高いことがわかりました。今後このような個体の自生地が開発などによって消えてしまうこともあるでしょう。系統保存を兼ねて、産地情報付きのトウカイをコレクションするのも楽しそうです
参考文献
1. Hiroshi Hayakawa et al. 2012. New records of Drosera tokaiensis subsp. hyugaensis (Droseraceae) from Kochi Prefecture, Japan. Botany 90(8): 763-769.
2. Mariko nakano et al. 2004. Life history traits and coexistence of an amphidiploid, Drosera tokaiensis, and its parental species, D. rotundifolia and D. spatulata (Droseraceae). Plant Species Biology 19: 59–72
https://esj-journals.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1442-1984.2004.00102.x